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イシュードリブンの威力と限界①:答えと成果

魅力的なイシュードリブン

『イシューからはじめよ』で見事に言語化されたイシュードリブンという思考様式は、まさに戦略ファームの価値の出し方の核心を言い当てている。

「解の質を高める前にまず問いの質を高めよ」であるとか、類似バージョンとして「答えを出す能力ではAIに勝てなくなっていく今後、人間に求められるのは問いを立てる力だ」といったエッジの立った言説は、読み聞きしただけで少し頭が良くなったような気さえしてくる。

なぜイシュードリブンは「使えない」のか

しかしイシュードリブンを日々の仕事に当てはめようとしても、途方に暮れる人が大半だろう。「上手く使いこなせない」というよりは、「そもそも使う場面に出会わない」という感想を持つはずである。

それもそのはずで、真にイシュードリブンを用いるべき適用範囲は実はそれほど広くないのだが、厄介なことに各種の取扱説明書にはその注釈がついておらず、あたかも万能の思考ツールであるかのように喧伝されがちだ。

「答えを出したいとき」「結果を出したいとき」を見極める

結論から言えば、日々の仕事の目的が「答えを出すこと」と「結果を出すこと」のどちらであるかを見極めた上で、イシュードリブンは前者に対してだけ有効な武器と認識して用いるべきだ。

「解の質と問いの質」という二項対立を冷静に眺めれば分かる通り、イシュードリブンはたかだか「問いを立て、それに対して答えを出す」までの話しかしていない。

しかし現実のビジネスにおいて「答え(戦略やゴール)が見えていない・ズレている」ことが最大の問題であるケースは、実際にはそれほど多くない。多くのマンパワーはむしろその先、つまり「答えは分かっているが、それを結果が出るまでやり切れていない」という課題に対して費やされている。そこで「なぜやり切れていないのか」という問いが何か新たな発見をもたらすケースも無くはないが、多くの場合はその答えも「単に本気でコミットできていないから」という分かり切った話であり、やはり必要なのは答えではなく結果だというところに行き着いてしまう。

身近な例としてダイエットを挙げれば、「食事制限と運動をすれば痩せられる」という答え自体は何十年も前から誰もが知っている。ライザップはそこで何ひとつ新しい答えは提示していないが、顧客に「やり切らせる・コミットさせる」というただ一点だけで、毎年のように発見される斬新な答え(⚪︎⚪︎ダイエット)よりも遥かに強力な結果をもたらしている。

企業も同じで、ビジネス書に載っている「斬新な⚪︎⚪︎戦略が莫大な価値を生み出した事例」は読み物として大変面白いものの(私はこれらを「戦略ポルノ」と呼んでいる)、現実のビジネスの大半はもっと退屈で地道な努力の積み重ねから出来ている。あまり戦略というものに過大な幻想を抱くべきではない。

私自身、せっかく戦略ファームに来たからにはなるべく純度高くそのエッセンスを吸収したいという理由でいわゆる「戦略系」のプロジェクトにばかり入っているが、それが現実世界の中で占めるウェイトはきわめて限定的であり、あくまで特殊でニッチな領域に過ぎないという認識はむしろ年々深まっている。

例えば大企業の経営企画部ですら、実際に割いている時間の多くは「立てた戦略をいかに現場から理解・納得・実行してもらうか」という戦いであり、戦略立案そのものに一年中を費やしているわけではない。ましてや各事業部門においてはなおさらである。

にもかかわらず戦略ファーム出身者が、自分が戦略立案ばかりをつまみ食いする浮世離れした世界にいたという自覚の無いまま、イシュードリブンなり仮説思考なりといったツールをシャバの世界に対しても振りかざしていたりするとそれはかなり滑稽だ。イシュードリブンは確かに強力な武器だが、それは「問い・答え」に価値がある世界の中に限った話である。