マーケットインとプロダクトアウトというフレームワークが、マーケティングの実務において取り上げられることはまず無いと言っていい。
1にも2にも「顧客の理解」を重視すること(つまりマーケットイン)は近代マーケティングの実質的な大前提となっており、プロダクトアウトという言葉は単にマーケティングとは何かを分かりやすく対比するための当て馬のような概念でしかない。
しかしマーケティングの原理原則に縛られていない分野においては、むしろ顧客ニーズをあえて一切意識せずにとにかく「作りたいものを作る」という、まさにプロダクトアウトと呼ぶべき行動原理が成功をもたらしている場合もある(後述)。
この違いはどのように解釈すべきだろうか。顧客の理解と作り手の思い、どちらをどのような場面でより重視すれば良いのだろうか。
顧客を意識しないからこそのヒット
少年ジャンプ+という、昨年バズりを連発したマンガサイトがある。その編集長へのインタビュー記事の中で、以下のようなコメントがあった。
まず僕たちは読み切りでPVを取ることをそもそも期待していないんですよね。
少年ジャンプ+で読み切りが次々バズる理由を編集長に聞いてみた
もちろん取れるに越したことはないですが、読み切りがバズればいいなとか、それによって「ジャンプ+」のアクティブユーザー数が増えればいいなとかは、あまり考えていないです。
読み切りは作家さんが何かを試すのに役立ったり、既存の読者の方たちが連載とは違う面白さを持ったコンテンツに触れる体験を提供できたりすればそれでいいんです。
どこよりもバズりを連発しているサイトが、実はPV獲得とは全く違うところに目標を置いているという現象は興味深い。
私が見ていて思うのは、世間で話題になったり閲覧数が伸びたりするものは、ある意味で作家さんが趣味に走ったというか、とにかく描きたいものを描いた作品が伸びるんじゃないかと思っています。(中略)
少年ジャンプ+で読み切りが次々バズる理由を編集長に聞いてみた
ここ1年くらいに描いてもらった作家さんで、かつ閲覧数の多かった作家さんに対して(アンケートを)実施しました。
聞いたことはすごくシンプルで、「誰に向けて描いているんですか」ということ。例えばジャンプ+読者なのか、Webに向けてなのか、みたいな。
すると、1番目は「ジャンプ+読者」だったんですが、2番目が「誰も意識していない」だったんです。要は、自分の好きなことを描いたという回答が多かったんですよね。
主人公たちが徹底的に「読者受け」を狙って論理的なアプローチでヒットマンガを作るという物語もあったが、現実は中々そうはいかないらしい。
この現象の本質は、決して「マンガだから」「ネットだから」と例外扱いできるようなものではない。その道のプロの知恵を結集し、緻密な顧客分析の末に考え出された「絶対に売れるはずの商品」が、ポッと出の「思い付き商品」「悪ふざけ商品」に惨敗することはどこの業界でも起こっている。
マーケティングの王道
頭をいったん切り替え、今度は王道の「マーケティング」について考えてみる。
世界的マーケティング企業と聞いて、誰もが思い浮かべるのはやはりP&Gだろう。あとはコカ・コーラ、ユニリーバ、ネスレ、ロレアルなど。日系企業なら資生堂、花王あたりがそこに近いイメージだろうか。要は日用品、飲食料品、化粧品など、B2Cの消費財メーカーがマーケター人材にとっての「メジャーリーグ」となっている。
なぜこういった分野では、教科書的なマーケティングが重宝されるのだろうか。様々な観点からの説明が考えられるが、ここでは「立ち上げか、積み上げか」という切り口に着目してみたい。
上記に挙げたような消費財メーカーにおいて、まったくの新ブランドがゼロから「立ち上がる」というのは相当にレアな出来事だ。新商品開発と呼ばれる仕事も、あくまで「積み上げ」られてきた既存ブランドの最新モデル開発を指す場合が多い。
由緒あるブランドエクイティを毀損しないよう、時代の変化を緻密に分析してチューニングし、次の時代へとタスキを繋ぐ。それが王道の「ブランドマネージャー」の姿だ。
これに対してマンガの場合、よほどの固定ファンがいる人気作家でもない限り「積み上げられたブランド」という概念は存在しない。一つ一つの作品が、何の拠り所もない白紙からの「立ち上げ」だ。
あるいはB2C消費財であっても、例えば小林製薬のように正真正銘の新商品を続々「立ち上げ」る企業の方法論は、上記に挙げた企業群とは毛色が異なる。
いわゆるマーケティング的な緻密な顧客分析も商品開発プロセスの後半には登場するので「作りたいものを作る」は言い過ぎになってしまうが、とはいえ小林製薬を小林製薬たらしめているのは、相当に個人的な着想に基づくアイデア出しだ。年間数万件に上るという社員個々人の提案を元に商品開発するというやり方は、マーケティングの教科書には書かれていない。
ここまでの仮説を端的にまとめると、「積み上げ」型には顧客ニーズの緻密な分析、「立ち上げ」型には作り手の思い・閃きが有効だということになる。
「マーケティング」の守備範囲
教科書的なマーケティング理論の背後にあるのは、「顧客の反応は、分析によって予測可能である」という前提だ。
この前提は、積み上げ型の事業においては概ね成り立つ。既存商品の販売を通じ、顧客の反応についての膨大かつきめ細かなデータが得られているからだ。それをしっかり分析すれば、労力に見合うだけのリターンを得られる可能性が十分にある。
これに対し立ち上げ型の場合には先例が無い以上、顧客の反応はごく一般的な情報を元に予測するしかない。教科書的な方法論に沿ってそれらしい分析結果を出すことはできるものの、それはどこまで行ってもあくまで「仮説」だ。そして「仮説」は実際、そうそう当たらない。
「仮説」を扱うコツは、事前の分析に時間をかけて「当たる」確率を上げようとするのではなく(どうせ当たらない)、さっさと実際に仮説の正しさを確かめる実験を行ない、実験結果を元に仮説を修正するというPDCAを繰り返すことだ。
なので立ち上げ型のビジネスにおいては、狙いの精度よりも試行回数がものを言う。乱暴に言えば「数撃ちゃ当たる」戦法だ。
「作りたいものを作る」という意識が効くのは、この部分ではないかと思う。どうせ当たらない顧客分析に時間と労力と精神力を使うくらいなら、少しでも作り手の思いが乗る商品で試行回数を稼ぐ方が良い。その方が「外れた」場合の立ち直りも早くなる。
つまり「マーケットインかプロダクトアウトか」よりも、「予測可能か予測不可能か」「狙いの精度か試行回数か」が本質的な切り口ではないだろうか。
社会の変化スピードも複雑性も増していく中で、より立ち上げ型に近い、予測可能性の少ないビジネス環境は今後も拡大していく一方だろう。従来的なマーケティング理論がある日突然意味を失う訳ではないが、その守備範囲の限界と、別のアプローチの重要性は頭に入れておくべきだ。